何事も集中してやりたいと思ってしまうのは良くないことなのだろうか

どうも森繁です。何事も完全に集中出来る状態で臨みたいと思いがちな俺です。例えばブログの記事を書くのも隙間の時間に書くというのがどうしても出来ない。いや、本当は出来るんですが、やりたくない。

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完璧主義に近い考え方なのかも知れない

そもそも俺は完璧主義っぽくて、完璧なものが出来ないと発表したくないというのが昔からありました。小学生のときの自由研究とか別に力作である必要はないと、今は思いますが、その当時を振り返ると「注目を浴びたい」という原動力を元に色々と張り切ってみたりしてたことがあります。

完璧にやる必要があるものではないと、しっかり見極めないと今後も苦労しそうな性格です。

ブログを書くことに関して

ブログの記事は別に完璧な記事という概念がないので、そこまで気を遣っているつもりはありませんでしたが、気がつくと更新が止まります。これは偏に集中して執筆していないときの記事をアップロードしたくない、というのとある程度の集中出来る環境がないと書きたくないというのがあります。

これによって酷く足を引っ張られているというか、本当はブログはたくさん記事があったほうが良いと思うのです。それなのに記事を書くということが出来ないという致命的な状態に陥っている。これは困りましたよ。

集中するというのはエネルギーがたくさん必要なこと

俺は音楽を作ったりするのが大好きです。しかし、音楽はなんとなくで作るとつまらないものしか出来ません。なんとなくで大名曲を作るのは才能が溢れる天才だけでしょう。

そしておそらく商業的に成功を収めているミュージシャンの人たちの中にはなんとなく曲を作る人はいません。

何事もクオリティを高めるためには集中しなければならないということを本質的に理解しているからこその妥協を許さない性格。これは厄介です。

何事にも集中して取り組みたいと思うが故に、何にも集中出来ない

集中して納得がいくものを作り上げたいと思うので、まず集中が出来ないな、と思うと何もしなくなってしまうんですね。

完璧なものを作るためには環境が必要で、時間が必要で……そんなことばかり考えているうちに何もしないで人生が終わりそうだと最近よく思います。

もしも本当に集中出来る時間と環境が手に入ったときに、何もやってこなかった俺が素晴らしい音楽を作れたり、素晴らしい記事を書けたり、そんなことが本当にあるのだろうか。おそらくそんなことがあるわけないんです。

だから、本当にするべきことはいつでもどこでも環境や時間のせいにせず、集中を維持したりしなかったりしながらやることをやる、というのが理想なのではないかと思います。

どうでもいいけど、やってしまったほうが良い

とにかく仕事でも音楽制作でもブログ記事執筆でもなんでも「とにかくやる」というのは結構重要なことだと理解はしているつもりです。

「やらない」というのは一番良くないんです。どうでもいいけどやれ、そんな風なことを誰かが言っていたように思います。やらなくちゃいつまでもやれないってことです。これは言葉にした瞬間に陳腐になってしまいますが、割と真理だと思います。

そう、ブログを休んでいた理由はあるにしてもやってなかったのは事実。これからまた頑張ります。

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